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菊池 記子 さん
長崎県佐世保市生まれ。福岡に移住し、高校を卒業後看護学校で学び、病院や在宅看護の仕事に携わる。結婚後はご主人の転勤で神奈川県に住んでいたが、約50年ぶりに福岡に帰り現在も福岡に在住。足腰を鍛えるために始めた太極拳を約25年続けている。
元気でいるには努力が必要
膝の手術後もずっと太極拳を続けていきたい
同じ歩くのでも速く歩くほうが
体にいいんですよ
秋晴れのある日、菊池さんは軽やかな足取りで太極拳教室にやって来た。歩幅も広く、膝を悪くしたということが信じられないほどハツラツとしている。
「1日1万歩あるくといいと言われていますけど、だらだらと歩くより速く歩くほうが体にいいんですよ」と語るその口調も若々しく、健康知識を豊富にお持ちのようだ。それもそのはず、菊池さんは元看護師。20代は福岡の病院で働いていた。結婚後はご主人の転勤で神奈川県に移住し専業主婦になったが、42歳から仕事に復帰。自宅で療養をしている患者さんを対象とした訪問看護に携わった。その時の経験は、菊池さんの人生観を変えることになる。
寝たきりの高齢者を看護して思ったこと
「寝たきりの高齢者を大勢看護したんです。当時は今のような介護保険制度がありませんでしたから…。(もしあったとしたら)その方々も寝たきりにならずにすんだかも知れないのに」
菊池さんが訪問看護をしていた昭和50年代の日本は、まだ高齢化社会という言葉さえ一般的ではなく、関東でようやく訪問看護活動が広がろうとしていた時代だった。高齢者の認知症ケアやリハビリテーションを行う環境も整っていなかったのである。
「一日中ベットの上で過ごしている方々を看て、若いうちから体づくりをしなくてはいけないと思いました」
52歳で訪問看護の仕事をやめた後、ゴルフやスキーなどスポーツを始めた。
「スキーは足腰を使うスポーツですけど、夏場はできないでしょう。それで筋肉を鍛えるために太極拳も始めたんです」
スポーツだけでなく旅行も好きで、自ら車を運転し国内中をまわり、海外もアジア、アメリカ、ヨーロッパなど各国を巡った。「世界一周のキップで旅したこともあるんですよ」と、50代から70代まで実にアクティブに過ごしてきた菊池さん。
5年前に「自分が育った街でもう一度暮らしたい」と思い福岡に帰る。80歳を目前に控えたその頃、膝の痛みを感じるようになった。
「膝がチクチクするという程度ですけど、病院に行ったら変形性膝関節症でした」
変形性膝関節症とは加齢などが原因で膝の軟骨がすり減り、膝が変形していく病気である。しばらくは、病院からもらった湿布を貼る、鍼灸をするなどして対処していた。しかしある日、強い痛みが菊池さんを襲う。
バキッと痛みが走り
半月板が断裂
「ベランダで洗濯物を干すためにつま先立ちして左足に重心をかけた瞬間、バキッという感じで痛みが走りました」
自然によくなるのではないかと思い湿布などをしてみたが、階段の上り下りができないほどの痛みが続いた。かかりつけ医に相談し、紹介されたのが福岡リハビリテーション病院(以下福リハ)だった。
「福リハの藤原先生に手術が必要だねと言われました。半月板が損傷していたんです」
半月板とは、膝関節の間にありクッションの役目をしている軟骨である。半月板損傷はスポーツ時にも起こるが、高齢者の場合、多くが加齢に伴い半月板が変形したり縦や横に避けて痛みが生じる。菊池さんは、左膝の傷んでいる片側部分を人工関節に置き換える手術をすることになった。
「なぜ私の膝が悪くなるのという思いはありましたけど、50代で始めたスキーで下手に転んだことがあって、後々悪くなるだろうなとも感じていたんです。藤原先生にも疲労でしょうねと言われました」
入院中は会話しながらのリハビリが楽しみに
「手術の翌日から車椅子に乗りリハビリも始まりました」
人工関節置換術の場合、術後なるべく早めにリハビリを始める。特に年齢を重ねるほどに筋肉が硬くなったり衰えやすくなるので予防のためにもリハビリが必要だ。
「理学療法士さんがマッサージをしてくださった後、膝の曲げ伸ばし運動から始めたんですが正直痛いんです。でも、理学療法士さんと話しながらするリハビリは、入院生活で楽しみな時間になりました」その中でも特に心に残る言葉は何だったのだろう。「退院しても絶対にウォーキングや体操を続けてくださいね、決して家にこもらないでくださいと言われたことですね」
手術をして病院でのリハビリ期間を終えても運動を続けることが大切なのは、年齢とともに衰えていく筋肉を鍛えて歩ける体を維持するためだ。
「福リハは看護師さんも理学療法士さんも明るくて親切でした。退院後の日常生活をよく考えてくれて、木の葉モールで外出の練習をしたり、自宅リフォームの提案もしてくださいました」
太極拳は背筋を伸ばしてしなやかに動く
福リハを退院して1年半が過ぎ、今も太極拳を続けている菊池さん。教室を見学させていただくと、みなさん姿勢が美しいのが印象的だ。
「年齢を重ねるとどうしても背中が丸くなりますけど、太極拳を始めると背筋が伸びるんですよ」と教えてくれたのは講師の瓜生 叶先生。
中国の自然を思わせる音楽に合わせ、優雅な動きが続く。「やってみると、見た目よりきついんですよ」と菊池さんが言う通り、ゆったりとしなやかな動きだからこそバランス感覚が必要で体幹もしっかりしていなければならない。
音楽がカンフー映画のような勇ましい曲に変わると、剣を持った菊池さんが真剣なまなざしで型を決める。巧みな手つきで剣を使いこなす姿はとても生き生きとしていた。
身だしなみを整え、積極的に出歩くことが大切
「スキーやゴルフはずい分前にやめましたけど、太極拳はもう25年位になります。続けていきたいですね。ウォーキングやピアノの練習もしています。脳の伝達で体は動いているんですから、どれも健康にいいんですよ」と菊池さん。年齢を重ねるほどに身の回りのことが大変になると言うが、それでも続けていかなければならないと語る。
「セルフネグレクトという言葉がありますよね。ネグレクトは虐待という意味でよく使われますけど、セルフネグレクトは自己放任、つまり自分自身にかまわないこと。そうならないように、髪を整えたり、お化粧したり、服装に気を使うことが大事」
セルフネグレクトという新しい言葉がスラッと出てくるように菊池さんは『あれなんて言うんだっけ?』と言い淀むことがない。パソコンは20年以上前から使い、映画はレンタルではなく面倒でも映画舘で見るようにし、美術舘や落語にもよく足を運ぶ。知的好奇心も若さの秘訣のようだ。
「若い時はみんな一様に若く元気ですよね。でも年齢を重ねると差がついていく。だから私は努力が必要だと思うんです」凛とした菊池さんは美しく、言葉を聴くだけで背筋が伸びる思いがした。
取材協力
太極拳サークル
毎週木曜日開催
10:00~12:00
☎092-862-3119
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掲載日:2019年11月