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藤本 妙全 さん
今年100週年を迎える真言宗大覚寺派 二上山 眞光院 三代目住職。高校卒業後、京都大覚寺で2年間の修行を経て眞光院の副住職をつとめる。4年後、住職となり現在はご子息の明大さんとともに寺院を守っている。
膝の手術は
楽しいことに出逢うためのチャレンジ
入院も嬉しい時間でした
糸島の海を望む、宗教を超えて愛されるお寺
糸島といえば、今や福岡だけでなく全国から「住みたい街」として注目を浴びているエリアだ。眞光院は、二丈岳を背に玄海灘を眺める、糸島ならではの絶景の地にある。檀家以外は入りにくいお寺も多いが、眞光院はオープンな雰囲気でさまざまな宗派の人や神道、キリスト教の人も訪れるという。
「真言宗は今生きていることを大切にして楽しくという弘法大師様の教えです。いろんな方が日常の相談事に来られるんですよ」とご住職の藤本 妙全さん。同院のご本尊はどんな罪を犯した人でも救うといわれる大随求菩薩(だいずいくぼさつ)である。
「誰でも大なり小なり罪ってあるんですよ。たとえば昔けんかした友達に、ああ、あんなこと言わんどきゃ良かったとか。それも罪といえば罪。嫌な面でも自分自身を知ること、仏教用語では如実知自心(にょじつちじしん)というんですが、大事なことなんです。如実知自心(にょじつちじしん)ができて初めてごめんなさいが言えるんですから」
ご住職の語りはとても親しみやすく、身近な話題から仏教の話をわかりやすく説いてくださる。
「お綱大明神(下部参照)を祀っているので、男女の悩み事相談に来られる方も多いですね。相性ですとか、浮気だとか。昔は主人が浮気しましたという相談が多かったんですけど、家内が浮気しましたという話も増えて……時代の流れですね」
いつの時代も家庭円満の祈願に訪れる人の足は絶えない。
「自分ではどうにもならない悩みや苦しみが心にあるときには仏様に投げてください。仏様との付き合い方を上手にすれば楽になるんですよ」
こうして、日々人の悩みに耳を傾け優しく道を説くご住職だが、立ち座りが多いおつとめのためか長らく膝の痛みを抱えてきた。「10年位前からでしょうかねぇ。はじめは左足で年々両足とも痛くなってきました」
法事先では膝に負担がかかるとわかっていても正座しなければならない。お尻の下に座布団を敷くなどしていたがそれでも痛くなり、椅子を抱えて法事先をまわるようになった。椅子から立ち上がるときにも「あ痛たた…」と時間がかかる。高めの椅子ならまだ楽に立ち座りもできるが、仏様を拝むのに高い椅子に座るわけにはいかない。痛みとつきあう日々が続いた。
お綱大明神
黒田藩時代に実在した女性、お綱さんの伝説に由来する。お綱さんは、妾に溺れた夫に絶縁され生活は貧窮し、二人の子に手をかけて夫を殺めようとしたが果たせず刺殺された。その後、霊を鎮めるために「お綱大明神」として奉安された。男女の悪縁を断絶し夫婦円満、家内安全を祈念する。
手術の不安はまったくありませんでした
「膝の痛みは辛いというよりまあ、こんなもんだろうと受け止めていましたけど。何よりも膝の痛みがひどくなって仏様に集中できなくなるのは嫌でした」
整形外科を受診すると、痛みの原因は変形性膝関節症だった。変形性膝関節症という病気は加齢によるものが多く、膝の軟骨がすり減り変形して痛みが生じる。
「膝にヒアルロン酸注射を打つようになって痛みどめも使っていました。痛くなったら整形外科に行くということを繰り返していたんですが、その間隔が少しずつ近くなってしまって…先生に良い病院を紹介するからと手術をすすめられたんです」
そして、ご住職は紹介された福岡リハビリテーション病院(以下福リハ)で人工膝関節置換術を受けることになった。摩耗した膝の軟骨や骨を取り除いて人工関節にする手術である。手術前の気持ちを伺うと「不安や恐怖心はまったくありませんでした。檀家さんにも福リハさんで膝の手術をした人がいらっしゃいますし、手術をして良かったという人ばかり。ずっと良くしてくださった整形外科の先生のご紹介ですし、福リハの藤原先生も一番良い方法(手術)をしてくださるんですから」
こうして、〝出産以来〟という入院生活がはじまった。
初体験ばかりの入院生活は嬉しい時間
住職の毎日は、人が亡くなったという知らせがあれば駆けつけ、悩み相談の電話がかかってくれば数時間話を聞くこともある。いつでも人のために尽くしてきたご住職にとって入院生活は新鮮なものだったそうだ。
「膝の手術って新しい楽しみに出逢うためのチャレンジでしょう?入院生活は自分の時間が持てて、自分のために皆さんが働いてくれる。リハビリの先生もとても丁寧で、親切にしてくだいました。本当にありがたいですよ。嬉しい時間をいっぱいもらいました」
入院生活では手術直後からリハビリテーションが始まる。手術で膝の悪いところを取り除いたとはいえ、動きを取り戻すリハビリでは痛みを感じることがある。しかしご住職にリハビリは辛くなかったですかとたずねると「えっ?リハビリってそんなに痛いものなんですか?」と逆に質問されてしまった。「私には特別痛かったという記憶がないんですよねぇ。おそらく痛かったんだろうけど、そんなもんだろうと。これも、如実知自心ですよ。自分のありのままを受けとめるという」
入院生活の話にご住職は何度も「嬉しかった」という言葉を繰り返す。
「何事も心から始まるから、心が嬉しい場所に変えていくんです。(心次第で)病院も楽しい、行きたい場所になると思うし。同じ病気の人が集まっているから、あのおじいちゃんもおばあちゃんも膝が痛い。痛みがわかるみんなでわあわあ話していたら楽しくなるでしょう。同じ趣味の人を見つけたりして、サークルみたいになったらいいですね。退院しても仲間と同じ日にリハビリに行くように約束すれば、服装にも気をつかったりして張りが出ますよね」
入院生活は、車椅子やリハビリもすべて初体験ばかりで「へええ」と感嘆している間に過ぎてしまったそうだ。「歩けるようになって外出許可も出たから、先生にそろそろお彼岸が来よるんですけど~って言って退院させてもらいました」
手術をして良かったのは、自分の軸ができたこと
「(手術をした)左足は100%痛みがとれました。左足を手術して良かったのは、自分に軸ができたこと。左足を軸にして立ち上がることができる。人間は、体もそうですけど心にも軸を持つことが大切なんです」
軸を持つことが大切──ご住職のお話は時おり聴く者の胸を突くように響く。真言宗は〝言葉〟をとても大切にする宗派なのだそうだ。
「心から思い、それを口に出して行動すれば成就する。それを身口意(しんくい)といいます。私は足が悪くなってありがとうを言う回数が増えました。世の中の人がみんな親切なんですよ。立つときも手で支えてくれたり。人はある年齢になると『してあげる』より『してもらう』ほうが多くなりますけど、心からありがとうと言えば言われた方も嬉しそうにしてくださる。そういう徳の積み方もあるんですよ。手術して本当に嬉しいことばかりです」
ご住職の話を聞いていると、年齢を重ねることも病気になることも、自分の心ひとつで喜びになるのだと信じられる。なぜこのお寺を訪れる人が多いのか、心底わかった。ご住職の温かさに触れ眞光院を後にする人はみな、糸島の海や空がいっそう清々しく見えることだろう。
取材協力
二上山 眞光院
福岡県糸島市二丈福井395-1
【開門時間】 9:00~17:00 (日祝日も開門)
高台にあるため寺院から海が見渡せる。特に夏は涼しい風が吹き、参拝客から「ここで昼寝したい」と言われるほど心地いいそう。
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掲載日:2019年05月